織田信長の安土城はなぜ再建できないの?豪華絢爛な天守閣は圧巻です!

お盆休みに孫と安土城跡に行った時、

「爺ちゃんなんで安土城は再建しないの?」

と聞かれて答える事が出来ませんでした。

で、調べてみました。

織田信長の城と言えばやっぱり安土城ですよね。

歴史的には清州城がよく出てきますが、

天下人となってから築城した安土城とはどんなお城だったのでしょう?

安土城はどこにあるの?

お城は今の近江八幡市安土町の安土山に建てられました。

標高196メートルの山の上に約50メートルの天守が建っていたのですから、

城下の町からもきらびやかな天守はよく見えたと思います。

現在は琵琶湖から数キロのところに安土山はあるのですが、

築城当時は琵琶湖に突き出た半島でした。

今は西の湖以外は全部埋め立てられて田畑になっています。

また京の都に近く、水運を利用して北陸への利便性があり、

中山道にも近く、政治、経済の中心に適していたと考えられます。

1576年に築城を命令して1579年に完成しています。

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それまでのお城と違う安土城

1 世界初の木材で出来た高層建築

2 日本初の本格的な天守閣を備えたお城

3 それまでのお城が軍事目的なのに対し政治、経済の中心

  権力の象徴として建てられたお城

4 山に土台の石垣を積み立てた最初のお城

地下1階地上6階建てで、天主の高さが約32メートル。

それまでの城にはない独創的な意匠で絢爛豪華な城であったと推測されています。

安土城の天守閣は一番上にある5・6階部分です。

5階は八角形で赤い漆が塗られ

壁には竜やお釈迦様や地獄の絵が描かれ

柱にも竜の彫り物が彫られています。

残念ながらこの安土城は、1582年本能寺の変が起きて間もなく焼失してしまいました、

今は石垣など一部の遺構を残すだけです。

下の写真は安土城跡の近くにある信長の館にある天守閣です。

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なぜ安土城は再建できないのか

歴史上または学術上価値が高いと認められる遺跡に指定されないからです(文化財保護法第109条第1項)

美術工芸の重要文化財にあたるのが「史跡」、国宝にあたるのが「特別史跡」ですが、

特別史跡は国宝と同等の特別重要な遺跡ですから、

なによりも現状を維持することが重要です。

安土城を再建するということになれば、

基礎工事のために天守台を破壊することになり現状を維持できない

また再建される天守閣の正確な設計図も記録も残っていない。

信長の館にある天守閣は「想像上」のものでしかありません。

想像上の建物を建てるために、特別史跡を破壊するようなことは文化財保護法に違反します。

また仮に出来たとしても莫大なお金が必要になります。

伊勢の安土桃山文化村(旧名戦国時代村)に復元された天守閣部分の建築費だけで70億円かかっています。

天守閣だけで70億かかるなら城全体では幾ら掛かるのでしょうね?

3年で焼失した幻の安土城。

8年前の映画(火天の城)も機会がありましたら見てください。

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